墨流し 薗部正典
トップ画像の着物コーディネート

着物・・・墨流し薗部正典訪問着
帯・・・となみ織物総紗両面袋帯

水の上に染料を流し、道具や風の力を使って模様を作っていく、墨流し染め。

マーブル染とも言われ、着物の場合は14メートルほどの長さがある反物を、何人かで呼吸を合わせて一気に染め上げる技法です。

墨流しの墨を連想させる「黒」を「苦労」と説いて、苦労を流してくれるとも言われて、縁起の良い模様としても古くから日本の人々に親しまれてきました。

色のバリエーションや柄の表し方で、可愛らしくも大人っぽくも変幻自在に表現できることから、最近特に色々な職人さんがオリジナルの作品として展開しているのをよく見かけます。

水に浮かんだ染料を、好きな柄になるように動かして染める・・・
どんなに複雑な模様でも、出来上がった反物を見たら何となく、どのように染められているかは想像出来ますよね。

しかし、墨流しの第一人者と言われている、薗部正典さんの作品は、

「え!ちょっと待って、これどうやって染めてるの?」

と、一見墨流しだと言うことはわかるのですが、模様が複雑過ぎてどんなに頭を絞っても、染め方が想像できない!

一枚の反物に、何種類もの柄が交互にキレイに配列されてたり、逆に何種類もの柄を複雑に組み合わせて一枚の反物の上で見事にリンクされていたり。

素人ながらに、、
「この反物だけでも何十回は墨流しで染てるよね?」
ってわかるのですが、伏せたところを染め足してるなんて、単純な技法でないこともわかる。

kazumikazumi

何!この染かた~!

と、何度も言いたくなる、この道一筋で何十年も研究を重ねてこられたこれぞ職人!の世界観です。

誰にも真似できない複雑な墨流しで表現された着物は、まさに奥ゆかしさの中に凛とした佇まいをかもし出す、着物上級者向けの贅沢な一品です。

そんな着物を作っている薗部正典さんは

kazumikazumi

近々、その功績がたたえられ人間国宝にもなるとも言われている方です。

着物好きなら、そんな墨流しの第一人者である薗部正典さんのことを知っておくことは、本物の価値を見抜く一つの手段になりますよ。

墨流し伝統工芸士「薗部正典」さん現代の名工

現代の名工 薗部正典
 
薗部正典さんの経歴

  • 昭和13年 三重県生まれ。
  • 昭和31年 伝統工芸技術功労賞受賞者 染色工芸作家の小倉好三氏に師事。
  • 昭和42年 独立
  • 昭和45年 薗部染工設立
  • 平成26年 厚生労働大臣より「現代の名工」卓越技能者に認定
  • 平成29年 黄綬褒章受章

以上にあげた経歴の他にも、平成11年からは毎年何かしらの賞を受賞されつづけて現在に至ります。
薗部正典 墨流し受賞

若いころ修行をされていた、小倉好三氏の元で本格的にマドレー染(糊流し染め)を身につけ、独自の技法で墨流しを確立されました。

マドレー染の工程は多くの糊を使い柄を出すため、工程の途中で、糊を落とす作業が非常に負担になっていました。

それを解決するために使用する染料や定着糊の研究を重ねて10年。
水に溶けにくい染料の開発によって、より効率的に美しく染めることのできる墨流しの技法を確立したのですね。

私は展示会や、きもの文化検定のパーティーなどで3回ほどご本人にお会いしたことがありますが、とても物腰柔らかく作品のお話をされる時は、どこに拘ったのかや技法など、丁寧に説明してくださる穏やかなおじいちゃんって感じでした。

技術や糊の開発だけにはとどまらず、他の染色法との融合など、常に新しい試みを生かした数々の作品を生み出しています。

薗部正典 墨流し小紋

黄綬褒章受章と世界トップ地位の企業とのコラボ作品

もともとは小さいものしか染めることが出来なかった墨流しを、着物一反分を一度に染める技法を開発したのも、薗部正典さんです。

そして平成29年には、黄綬褒章受章を頂いたそうです。

まっさらな物の上に、水の上の流れによってできた自然な模様を写し取ることで、新たな価値が生まれる。

そんな薗部正典さんの作品は

  • 屏風
  • バッグ
  • ドレス
  • 扇子
  • スカーフ

など様々な企業ともコラボ作品を展開して、着物ユーザーだけでなく墨流しの美で人々を魅了しています。

中でも、私が特にお伝えしたいのはオニツカタイガーとのコラボです。

着物ユーザーの間では
「オニツカタイガーとはなんぞや?」
と思う方がほとんどだと思いますが、オニツカタイガーとは日本が誇る世界でも別格の地位についてるスニーカーのメーカーさんです。

kazumikazumi

ナイキやアディダスなど、有名どころは誰もが周知のメーカーですよね。

そんなナイキやアディダスのスニーカーは、限定物や希少性の強い物だと一足何百万との価格で取引されるくらい、スニカーは今の時代のおしゃれには欠かせないアイテムです。

現代のスニーカー市場は海外のセレブを筆頭に、日本でも若者の間で加熱の一途をたどっています。

kazumikazumi

私も子供たちのスニーカー争奪戦に巻き込まれ、抽選などは毎回強制で応募させられています^^;

中でも、スニカー収集者からしたら王道のナイキはオニツカタイガーがなかったら誕生していないメーカーです。

というのも、

ナイキ創始者のフィル・ナイト氏が修学旅行で神戸に来た際に、オニツカタイガー(現・アシックス)の創始者である鬼塚喜八郎氏との出会いからナイキの歴史は始まります。

フィル・ナイト氏は当初、米国西部での販売代理店契約を鬼塚喜八郎氏に懇願してスニーカーを売り始めます。
後に独立をして「ナイキ」を作りました。

どの世界でも、その物の真の愛用者は歴史やストーリーを大切にその物の価値を図ります。

現代のスニーカーの王道のナイキの前身であるオニツカタイガーは、スニカー収集者からしたら神的な立ち位置のメーカーです。

そんなストーリーを薗部正典さんが知っているのかどうかは分かりませんが、やはり日本が誇る伝統的な技法は、同じく日本が誇る歴史のある企業にも必要とされる技なのですね。

そもそも墨流しの歴史は?

平安時代に公家の間に広まった「墨流し染め」。

宮中の女人たちが、水面に描いた色模様を和紙に写して楽しんでいたのが始まりといわれています。

和紙の加工技術も発達し、江戸時代には布に写し取る技術も加わり、その技術は尾形光琳の紅白梅図屏風にも用いられています。

その後時代の世情と共に技術は廃れ、世間ではあまり見ることがなくなりましたが、その伝統ある技術を平成の時代に甦らせたのが、薗部正典さんです。

水面に現れる模様は移ろいやすく、刻々と形を変え穂との心を写した鏡のようです。

長い歴史が培った技術の融合と、その挑戦は留まるところを知らず、着物の絹織物を染める技術を革に展開するなど、美しい染めをより多くの方に身に付けていただくための技術探求を続けています。

薗部正典 墨流し訪問着

薗部正典さんの作品は、中々市場ではお目にかかれない貴重な物ですが、私が一番最後に伺った展示会では、「宇宙」をテーマにした墨流しの着物がズラリと並んでいました。

kazumikazumi

人は行きつく所まで行ったら、最後は宇宙を意識する。

これは私の勝手な主観ですが、そんな思いがよぎる壮大なスケールの作品ばかりでした。

以上が、墨流し作家第一人者「園部正典さん」現代の名工の紹介でした。

園部正典さん率いる薗部染工さんでは墨流染のハンカチ・スカーフ・半衿などの体験染を受け付けているみたいです。

↓↓↓

薗部染工さん

平安時代より伝わってきた墨流し、その歴史ある技法を体験することで心で何かを感じることができるかも知れませんね。

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